僕は日常的に本を読む習慣がついているので、暇さえあれば読書をしています。
これは後天的に身についた習性です。
とにかく本を読んでいないと正気が保てない。我ながら困った習性を身につけてしまいました。
そのような理由から僕の頭の中には、物語、世界史、日本史、経済、金融、健康、IT(最近興味がないので読まない)フィットネス、心理学(これもあまり興味がないので読まない)などの項目が色彩を無視したごっちゃ煮のようにひとまとめにほおりこまれています。
そしてぐつぐつと奇才な(奇天烈な)音をたてて煮えたぎっています。
何かを書く。つまりアウトプットをしようと思えば(質をある程度犠牲にすればということですが)いくらだって書くことができます。
でも、このブログに何かを書きしるそうと思うと。。。。一向に筆がすすみません。
なんでなんでしょうね。
ブログの投稿画面を睨んでいるときの気分というのは、辰ノ口の冬の砂地でハナハゼの成魚が穴の中から出てくるのを待っている。そんな気分です。
砂地に開けられたその寓意的な穴を覗けば覗くほど何かを書きたいという自発的な気持ちが薄れていくのがわかります。
だから僕はブログのほとんどの記事を一筆書きみたいにして書いています。
むしろそういうふうにしか書けなくなっています。頭に浮かんだ言葉をカツオの一本釣りみたいに瞬間的に掴み取り、ひとつの記事に仕立てあげるという単純作業です。
決してクリエイティブな行為とは言い難いですね。
ひとつにこのブログを熱心に読んでくださる読者さまがダイビングやダイビングショップに関係している人たちであるからだとおもいます。
そのような一定方向に向いている方々に、僕の個人的な真意を随筆という形で提示したり、あるいは物語という形で置き換えて表現するということに、どうにもこうにも真価を見出すことができない。
ダイビングという限定的な視線に沿うように、上手に成形することができれば、ダイバーの足の形にあったものでができるかもしれません。
でもそれはその決められた容れ物の中に僕の真意を(満足のいく量を)詰め込むだけの実力があればの話です。
残念ながら僕の中にはそれだけのものを書きあげるだけの文体も想像力も備わっていません。
たとえそうできたとしてもこのブログに期待している方々にとっては苦痛に思うこともあるわけだし。
むずかしいところですよね。
なにかこういうことを書いて欲しいというようなものを提示してくれれば、そのリクエストをしてくれた読者の顔をパソコン上に思い浮かべることができる。そうすれば今よりは真剣に書くことができるかもしれない。
でも、実際的にはそんな都合のいいリクエストをいただけることもないわけだし、これからも今みたいなスタイルで書いていくしかあるまい。
そんなことを考えているうちに、僕は僕だけの自由に羽を伸ばせる場をこしらえ、整地し、種を植える準備に取り掛かる時期にきているではあるまいか、そんな気がしてなりません。
ふと、後ろを振り返るとオカメインコたちは狭い鳥カゴの中でも羽を伸ばして幸せそうに色無しペレットを食べております。
鳥カゴの中に指を入れたらるーちゃんが思いっきり噛んできたので、僕もるーちゃんの足の指を思いっきり噛み返してあげました。
すると今度はるーちゃんが僕の右目を狙って噛み付いてきたので、僕もるーちゃんの右目を狙って噛みつき返してあげました。
るーちゃんは足の指と目を負傷したことで水浴びができなくなり、僕は手の指と目を負傷したことでダイビングができなくなりました。
というわけで明日のダイビングは中止です。
というのは真っ赤な嘘です。
明日はくもりですが、ロクハンを抱えて志賀島で潜ってきます。
雨に濡れながら通勤をされたり、雨に濡れながらお仕事をされている方は、梅雨のじめじめと不織布マスクで不愉快な気持ちでおられるかもしれません。
おたがい前を向いてがんばりましょう。
サムネの写真ですが、赤いバッグは新しい図鑑入れです。白い箱は新しいカメラボックスです。緑のボックスはそれ以外の小物を入れています。
写真のモデルである店長は、几帳面なプレーリードッグみたいにダイビング備品を小袋に詰め直したり小分けたりしてボックスの中を整理整頓していました。
ご苦労さまです。
ごそごそ。
RIO