ドライに穴がほげた。
右ひじのところに折れたウニのトゲが突き刺さっていた。
みたところトゲの長さは1センチほどあった。
それくらい長いと直径もそれなりに太い。元のウニは立派なサイズのウニだったんだろう。
まいったなあ。
人差し指と中指の爪を使ってウニのとげをひっこぬく。
このドライは裏地をいれても5ミリだから貫通しているとおもう。
それにしてもいつどこでこんな立派なウニのトゲにが刺さったんだろう。
さすがに気がついてもおかしくはないんだけど。
ウニが刺さったシャチ風ドライはまだ作ってから1ヶ月も経っていない。
数えて10回も使っていないのに修理工場送り。
2本目に水深20mまでいってみると、やはり右肘にひやりとした小さな水の感触を感じる。
なんというかその水は汗なんかとは違うまったくの外部からの水だ。
その水は確実に服の中を通過していく。生身の皮膚に到達する。
あまり心あたたまる出来事ではない。
気のせいかと思うようにしたのだけど、左肘との温度の差は歴然としている。
人というのはどんな状況下でも濡れていることに気がつく生き物なのだ。
僕はあきらめて右肘に空気をためるようにして浮上することにした。
これ以上濡れてしまうと別の問題が浮上してくる。急がなければならない。
ドライを脱いでみると、案の定右肘にあざのような濡れを認めることができた。
間違いなく修理工場送り。
今季は顔が全部隠れるフード、3本指5mmグローブ、ぶかぶかシャチドライで完璧な保温をしようと思っていたのに、次回からひとつ欠けることになる。
スズメ色のドライは少しタイトに作っているからあまり着込めないのだ。春秋向けだから裏起毛でもない。
その温度の補填はマレスヒートベストにたくすことにする。あまり期待はできないかもしれないけど。
僕はこの正月から5キロほど太ったので以前ほど寒さを感じなくなった。あごも二重になりつつある。
5キロの脂肪は極厚インナー一枚分くらいに匹敵する。あるいは貢献する。
だからそこまでの保温が必要ないといえば必要ない。(実際にはこのときのダイビングは汗で背中がしめっていた)
でも僕にとって水中保温とは、カメラのレンズを揃えたり、LPレコードを収集に精を出す人とおなじように、ある種のコレクトアイテムという位置づけなのだ。
40年前、今みたいな真冬の海にこれほどまで快適には潜れなかった。
そのころもちろんドライは開発されていないのでウエットスーツで潜っていた。それも自作。
僕がダイビングをはじめた頃はすでにドライはあったけれど、首と手首のゴムが筋トレ用のゴムチューブみたいに硬かったし、排気バルブにオート機能がなかったし、中に着る専用インナーもなかった。
着づらい、脱ぎづらい、使いずらい、でもまあ寒い。ドライスーツでのダイビングは心から楽しめるものではなかったのだ。
それが今では冬に潜って汗をかくという信じられない進化を遂げてしまった。テクノロジーってすごい。
僕は冷たい海にどれほどあったかく潜れるのかという保温マニアになってしまった。
その差異は大きければ大きいほどおもしろい。
そのようにしてあたたかい体で冷たい海に潜っていると、ああ潜っているんだなあ、生きているんだなあ、と理屈抜きでほっとすることになる。その静かな魂の震えを描き出し鮮やかに感じることができる。
これぞダイビングだなあと。
でも正直いって、昨今の玄界灘はあまり冷たくない。
下がっても11度。
もしかしたら9〜10度くらいのときもあるのかもしれないけれど、その時期はあまりに短く、潜れるタイミングを逃すとあっという間に水温はあがってしまう。
たくさん着込むとすぐに汗をかいてしまう。
ドライの中が汗臭くなるのは好ましいことではない。
困ったものだ。
もっと寒いところで最高のセットを試してみたいなあ。
RIO