減圧症日記 最終章

季節は太陽の軌道を斜め斜めへと向かわせていた。

午前中というのにその陽光を斜めから浴びると、長袖はまだ早かったことを思いしらされる。

腋窩のあたりからじっとりと汗を湧き出てくる。

10月ってこんなに暑かったか。

僕は日差しを避けるようにビルの影に隠れつつ、大濠公園へと歩いていた。

道ゆく人々も季節はずれの暑さに慄いたのか、影となる片側の歩道だけに歩行者が集まり、けやき通りは自然な一列渋滞を形成していた。

服装は僕と同じ長袖の人ばかりで、皆一様に汗をかきたくないように見えた。

 

潜水後に痛みが出なくなるまで、最後の再圧治療から2ヶ月が経とうとしていた。

8月、夏真っ盛りのあのボートダイビングで減圧症に罹ってからというもの生活習慣が一変してしまった。

筋トレと18時間断食の中止、不眠を解消するための飲酒習慣、ダイビング後のストレス緩和によるファーストフードの暴食、などで、なんと体重が6キロも増加してしまい、なんとも動きにくく、無粋な体へと変わり果てていた。

夏はそれでなくても、飲み会などが増えて食べてしまいがちなのだから、不承不承 にでも節制するべきだったのだが、ストレスに屈してしまった自分の責任だ。

普段であれば気持ちのいいランニングも、敗残者が里へと逃げ帰る気分なのである。

そして、すぐにやめてしまいそうになる理由はもう一つあった。

走り始めてからすぐに膝に違和感があるのだ。

これは太ったからなのか、減圧症により神経が傷ついているからなのかの判断は難しい。

ただ、一つ言えることは、これまで通り全ての違和感を減圧症だと思い込んでしまうと、総合的な健康を維持するのが難しくなるとうことだ。

ここは、清濁併せ持つ気持ちで走り続けるほかない。病は気からという言葉もあることだし。

 

トラックを回っている間、ご老人にも追い抜かれてしまう自分のペースには悄然とさせられてしまうものの、外周を1周が終わる頃にはランニングの爽快感を思い出してきた。

 自慢ではないが、僕はほんの10年前であれば、5kmを20分切るのが普通であった。

それが今では、2kmを15分で息が上がっている。

そんな自分を認識したとき、こんなに頑張っているにもかかわらず、不自由な体になってしまったと自己憐憫に陥りそうになってしまうが、そんなときは真っ先にオニツカタイガーに集中する。

そうでもしないと、疲れたランナーを誘惑的に待ち構えているスタバに逃げてしまうそうになるからだ。

しかし、オニツカタイガーだけに集中すると、そういった全ての事柄が気にならなくなるが不思議だ。

オニツカタイガーには人生を愉楽に導く作用まで持ち合わせているなんて思いもよらなかった。

ありがとう。オニツカさん。

そして、2周半が終わる頃には、自分の不甲斐無さなど歯牙にもかけなくなっていた。

かくして、半瞑想状態のように頭の中の視界はクリアになっている。

ランニングって素晴らしい。

 

11月に入ると、気温が下がり海に行く回数も減るので随分と内臓への負担が減っていた。

持病である汗疱状湿疹も姿を見せなくなり、頭も冴えてくるので、お酒への欲求がなくなってきた。

そうなると、運動が苦ではなくなってくる。

運動は無意識で食にも関心が出てくるのでファーストフードを避ける意識が生まれるといった好循環が生まれる。

人間は季節にこんなにも影響されるのだ。

自然の動物の一員であることを思い出す。

来年は体脂肪を減らしてガテン系から卒業し、コートが似合う壮麗なメンズへと生まれ変わりたい。

しかし、そもそものガタイがいいのと、ガテンが染み付いてしまっているのが、困難にさせてしまうが、来年の目標の一つにいれることにする。

体脂肪が低い方が、減圧症にはなりづらいとPADIのテキストにも記載されていることだし。

そして、来年も継続して、エンリッチが使えるところであれば全てエンリッチで潜る。

もちろん再発防止策である。

僕の体は一度スズメバチに刺されてしまったようなものだから、いつアナフィラキシーを起こしてもおかしくないのだ。

それにも加え、エンリッチは減圧不要限界の時間を増やすだけではない。

疲れや寒さにも影響するので、40代からの体への負担軽減にも一役買う。

そして、無駄に動き回ったり、手を使って泳いだり、急浮上したりと、20代の悪癖を治すことも忘れてはいけない。

 

そして、この一連の出来事は、常に脱兎のごとく忘れていく僕の脳の一部に刻みこまれることは間違いない。

ある意味でいい財産である。

 

周りから見れば変人に見える僕でも、今回のことを何度も繰り返す気はない。

変人にも変人なりの基準があるのだ。

変人とて、その基準は価値観によるものだろうから違う部分もあるかもしれないが、僕の基準では普通に動ける体は維持しておきたいし、健康に関しては正常でいたい。

残念ながら、僕には痛みや不快さに興奮する趣味はないのである。

しかし、多動的に悪癖が出てしまうことがあるかもしれないので、その際は躊躇なく止めてもらいたい。

そんなわけで、今回で最後となった減圧症日記を綴ってみたのだが、これを何年後かに見返してみたならば、下手くそな文章と馬鹿げた振る舞いに驚くことだろう。

しかしながら、人生100年時代においてまだ道半ばにも来ていない42歳時の奇矯な振る舞いもいい思い出になろうかとは思う。

 

減圧症ありがとう。

そして、さようなら。

 

 

RIO