6/5 久しぶりに何も無い日。なにしよう。

サンライズあるあるの一つに、店長がお店から姿を消すと、「少し」暇になるというものがあります。

みなさん僕一人だと、何かと不安なんでしょう。

そんな不安が伝染して、曖昧模糊とした空間を支配するエネルギーとなり、質量掛ける光の2乗のような相対性理論を生み出しているのかもしれません。

それにしても、なにもしない、なにもしなくていい時間は、まさに神からの恩寵であります。

こんな時は、ここぞとばかりと読書をするに限ります。

さて、時間もたっぷりあることですし、今日は何かエッセイ的なことを書いてみるかと思ったのですが、ここでどんなことを書けば皆さんの心の琴線にヒットするのか皆目見当がつきません。

一応ですが、両の肢は地面にはついているものの、頭のシステムが浮世離れしつつあるようで、皆さんの意識にアクセスすることが難しくなっています。

しかしながら、いつの時代も、このような変人が面白いことを作っていくものなので、気にせず、有り体のまま進んでいこうと思います。

ちなみに、最近、興味が出てきたのものは、「キノコ」です。

キノコ?と思われたかもしれませんが、毒キノコを見分けたり、面白いキノコを捜索したりとかそういったことではありません。

キノコはこれから時代の最先端に踊り出します。つまり、大麻の次はキノコなのです。

スマートフォンの時代が終焉し、現在世界では(IT全盛の頃を上回るほどの)空前の大麻ブームに沸いています。もちろん鎖国のような状態が続いている日本では、情報が遅々としており、いまだに大麻=犯罪のイメージしかありませんが。

そもそも、大麻は日本にとって身近で、欠かせない植物であり、繊維として用い、服やカバンを作っていましたし、神事にも利用される・・

いやいやいや。

今日はこんなことが書きたいわけではない。

こんな事実に基づいた事ばかり書いていると、脳が「分析側」にふられてしまい、イマジネーションが湧かなくなってしまう。

僕が今、渇望するのは、イマジネーションつまり、モノを作る原動力です。

理想をいえば、知らず知らずに降って沸いたように「妄想」が次々と頭の中を占めてくること。

そうなるように、これまで読んでいた本の趣きを異にしました。

実用書90、物語10から、実用書5、物語95。

あと、どうでもいい、テレビやネットの情報は一切遮断してます。

実用書に関しては、まだまだ読みたい書籍はあるのですが、それ以上にイマジネーションを優先したいと考えています。

このようにコロコロ変わる性質は、生まれ持った「多動」に少なからず影響されているんでしょう。

そうそう、多動といえば、最近面白いことを発見しました。

僕は「吃音」といって、「どもる」ことがあるのは、ご存知だと思いますが、この吃音のせいで、幼い頃より、公の場で訝った目を向けられることが多々ありました。

「ま」「ら」行などが言いにくく、逆に「さ」「は」行は言いやすいのです。

しかし、不思議なことに僕の吃音はいつも出るわけではありません。

あまり、話したくないけど無理に話しかける時や、知らない人にとっさに質問された時によく起きるのです。

そういった場面で、どもりそうになると、最初にえ〜とかあ〜とか、「継ぎ」言葉を入れるようにしていました。

色々と独学で訓練してみましたが、一向に治る気配がなく、齢40にもなるとあまり気にしなくなっていましたが、つい先日、エビデンスに基づく吃音を科学した本に書かれていることに、衝撃を受けました。

なんと、吃音になる人は、生まれつき、前頭葉の右半分が活発に動いているだけでなく、側頭部の聴覚野にも異常があるというのです

つまり、脳の接続異常のため、左聴覚野が十分に使えず、右聴覚野が優位に働くことが推測されたのです。

以前、ほぼ徹夜明けでプール講習をした際には、不思議と言葉沸いてくるようにスラスラ言えたような感覚がありましたが、おそらくこの時は何かしらの理由で、通常に働いていたと思われます。

しかも、この吃音は「多動」な人に出る確率が高いらしく、たまに呂律が回っていないような早口も、その影響のようです。

ちなみに、この早口を解読できたら、サンライズでの一人前になれるのは、ご存知ですかね。

裏を返せば、僕は吃音があるから、(無意識に)「文章」が好きなのかもしれませんね。

文書なら、どもることは打ち間違いしかありませんから。

また、文章は、紙とペン、(スペックが低い)パソコン、携帯があれば誰でもできる簡単な作業なのに、どうやっても「まぐれ当たり」のようなものがなく、そのひとの本質を見分けるのに役に立つところも魅力です。

いくら、言葉で取り繕っても、文章では取り繕うことは不可能ですから。

まあ、文章は内向的な人でないと、向いていない側面もありますけどね。

でも、内向的な部分は少なからず誰でもありますから、その部分を生かせばいいわけですね。

さて、外交的な店長はふらりと旅に出るのが好きな人ですが、今頃何をやっているんでしょうか。

バリで潜ると言っていましたが、マンボウに出会えたんでしょうかね。

僕の旅行といえば、ページをめくればどこにでも飛んでいける読書が多いですが、新鮮な土産話には興味があります。

僕は年齢の割に、経験が少し足りてないように思いますが、知識と経験が両輪のように、上手く滑らかに回転させられる人は、どこまでも上手に生きていけるのでしょう。

そして、水面と水中の境目を器用に泳いで餌を獲る浮遊生物のように、オンラインとオフラインの境に浮遊する海千山千の情報を、羹に懲りて膾を吹くように選り分けられる人だけが、融通無碍に生きていけるんだと思います。

というわけで、だらだらブログにお付き合い頂き、ありがとうございました。

RIO