3/29 長崎で浮遊系のダイビング。

先日、志村けんさんがコロナウイルス肺炎を発症してお亡くなりになったというニュースをみました。

志村けんさんと言えば、新聞のテレビ欄に「志村」という名が乗っているだけで飛び跳ねてしまうほど、僕の少年期における間違いのないスーパースターでした。

ドリフターズから加とちゃんケンちゃんご機嫌テレビ、志村けんのだいじょうぶだ〜くらいまでは放送日になると急いで夕飯を食べお風呂に入ってテレビにかじりついてみていたものでした。「だいじょうぶだ〜太鼓」を持ってテレビの前でモノマネの練習だってしていました。

中学生に入ってくるとダウンタウンやとんねるずを見る頻度が増えてきて志村けんからは遠ざかっていきましたが。それでもあの子供の頃に放送日が近づいてくるワクワク感は今でも僕のなかにはっきりと残っています。

お亡くなりになった年齢が70歳だったのいうのは、まあ長生きと言えば長生きだし、早いと言えば早い年齢です。

今年43になる僕は、志村けんさんは70年という人生の時間の中でどの期間が一番幸せだったのかな〜ということを考えてしまいます。

ちょーさんに弟子入りできた時なのか、下積み時代から東村山音頭で一躍人気者になった時なのか、ゴールデンで自分の冠番組を持った時なのか、大御所として芸能界に君臨していた時なのか。

貧乏から金持ちまで経験して、いい思いも、もちろん悪い思いもたくさんしてきたと思うのだけれども、幸せだった時期というのは本人が勝手に決めてしまうものなので、こっち側から見てもさっぱりわからないものです。

私は幸せだな〜と思う基準は現在進行形の中に身を置いていると、それがどの程度の幸せなのかというのがいまいちわからないようにできています。だから失ってしまうまでそれがどれだけ幸せであったことなのかという事実に気がつかないことが往々にしてあります。

だからある意味で人生がすんなり理解できる時というのは死んでしまうほんの数分前ではないかと思っています。

そして、この世において死んでしまうというのは、なんの介在もなくあらゆる菌が堂々と皮膚や内臓に繁殖して鼻が曲がりそうな異臭を放つ生ゴミよりもたちの悪いものになってしまうし、燃やされてしまえばカルシウムの残りかすような骨になってしまいます。もうそこにはその人の面影なんていうものはありません。

綺麗さっぱり洗い流されてしまいます。

だから志村けんというのは僕らの頭の中の記憶や録画された映像には残っているのですが、もうこの世のどこにも存在しないという避けがたい事実があります。

つまりどれだけこの世で成功していようと金持ちなろうと死んでしまえば、致命的なまでに価値なんてないし意味なんて存在しない。

そういうことを考えてしまうと、僕が大好きな作家や学者はどんな人よりも長生きしてもっと色々なことを教えてほしいと思ってしまう。

ふと何かのきっかけで死んでしまえば、その人たちが精巧な頭脳をフル回転させて身につけた学問も文体も言葉も感性も全てが損なわれてしまうからです。

まあそれはミュージシャンでもコメディアンでも同じなのかもしれませんが、自分が大好きなものを生み出してくれる人が急にいなくなるというのは、まだ食べられるのにポイッとゴミ箱に捨てられてしまう高級魚のようで本当に残念でなりません。

反対に人生をかけて世界に多大な迷惑をかけた人も死んでしまえば同じようにカスカスの白い骨になってしまう。

むしろそういう人の骨の方が立派だったりする。

そういうのってなんか不公平だなって思わなくもないのだけど皆さんはどう思いますか?

 

僕は人の死について考えだした頃から、若い頃にはそれなりにあった、誰かを見返したいとか、誰かよりビッグになりたいとか、誰かよりすごいと言われたいという気持ちが霞んでいきました。

それよりも自分の好きなことを探しながら、夢中になれることをやりながら、死なない程度に生きていった方がいいのではないかと思うようになりました。それって欲がなくなったってことかもしれませんね。

だからこれから先、サンライズのやり方を金儲け主義に変更して、売ることと稼ぐことしか興味がないスタッフを集めて、大都市に支店を出して、信用がついたら銀行からお金をどかんと借りて、飲食店や旅行会社やマッサージ店なんかも始めて、社員らに向かって「俺たちの夢は上場企業になることなのだ。もっと必死に働こう!」なんてことを頭にはちまき巻いて演説するようなことはどんなことがあっても絶対ないと断言できます。

そんなことをしたら、毎日毎日朝から晩まで、お金のことと、社員のことと、ビジネスアイデアのことばかり考えて生きていかなければなりません。健康なんて二の次ですし、長編小説をゆっくり味わいながら読むなんてことは老後までお預けになってしまいます。

そうやって必死に働いて世間的にある程度成功を収めたと仮定して70歳になった頃、僕が新型ウイルスにかかって死んでしまう寸前に何を思うのかな。

もっとたくさんの本を読んで、もっといろんな人に会って、もっといろんな経験をして、自分が面白いと思う物語を書いたり作ったりしてみたかったなとは思ったとしても、俺は死んでしまうけど一応社会的な成功はしたから親戚や家族は鼻が高いだろうなとは思わないんじゃないのかな。

今のサンライズや今の生活は僕の身の丈にあったヴィークルとしてぴったりと機能しているように思ってるのですが、現段階で幸せかどうかなんてことはわかりません。ただ自由な時間を好きな人たちと過ごせているのでおそらく後から振り返ってブログなんか読んでみても、ボタンをかけ違っていたな〜まいったな〜みたいなことにはならないような気がします。

もし僕が大きくなったり小さくなったりすることがあれば、新たにヴィークルを作り替えたりしなければならなくなりますが、それはそうなった時にでも考えれば済むことです。

というわけで、志村けんさんのご冥福をお祈りします。

実際には一度もお会いしたことはありませんが楽しい時間をありがとうございました。

そう言えば、志村けんさんが亡くなった日と長崎のダイビングショップのオーナーであった祝さんが亡くなった日は同じでした。

この日はその祝さんの4回忌の前日。

お店の前にお花を添えてきました。

 

4年前までダイビングが終わってシャワーを浴びたら、この角度から辰ノ口灯台を眺めていたことを思い出した。

ダイブショップサンライズ 香焼チューリップ祭り

 

当時は、たけしも少女だったし痩せた野良猫だった。

今ではおばさんのデブの飼い猫になってしまったけど。

ダイブショップサンライズ 猫

 

この日は2グループで潜ることになった。

一つは、僕がガイド中にロック&ロールを見せる約束をしたファンダイブチーム。

メンバーはてるちゃんとあやかちゃんとひろろいの3名。

ダイブショップサンライズ アドバンス講習

 

アドバンス講習チームはのシェリーは店長と二人。

ダイブショップサンライズ アドバンス講習

 

誰もいない透明度のいい北口から入る。

ダイブショップサンライズ アドバンス講習

 

浮遊物はそこまで多くない。

ダイブショップサンライズ アドバンス講習

 

海の深いところは若干の濁りはあったが、相変わらず強い圧力を保持していた。

人一倍海への恐怖心があるシェリーは深いところは大丈夫だったのだろうか。圧力に負けてくじけそうになっていなかったのだろうか。

ダイブショップサンライズ アドバンス講習

 

ファンダイブチームはお目当てのカエルアンコウを探しに向かった。

湾内は浮遊系生物で埋め尽くされていた。

ここの水を10cc飲むと100匹の生物を飲み込んでしまうほどだった。

ダイブショップサンライズ クラゲ

 

湾内を出るとトガリテマリクラゲに似たクラゲがいた。

エビのような透明な生き物がクラゲの背後から懸命にしがみついていた。

みているとどんどん上に泳いでいった。

そのエビを綺麗に撮るのは、曲がりくねった道を走る車内で針に糸を通すくらい難しい。

ダイブショップサンライズ クラゲ

流れてきた生き物たちの針の穴を通してくれる浮遊系カメラマンが現れるのを期待したいところだ。

 

カエルアンコウがいるアンカーにはムレハタタテダイが群れていた。

逃げていっても必ず帰ってくる。

砂地に埋まったこんな小さなアンカーに何があるのだろうか。

ダイブショップサンライズ ハタタテハゼ

ただカエルアンコウはいなかった。

帰ってきてもいなかった。

やっぱりここには何もないのだろうか。わからない。

 

沖に向かうと浮遊系も減ってきた。

代わりにウミウシが増えてきた。

コイボが出てきているが、つぼやんを最近みていない。

出てきて欲しいものだ。

ダイブショップサンライズ ウミウシ

 

たけしに1本吸わせて2本目に向かう。

ダイブショップサンライズ 猫

 

シェリーはフォト講習で西口から入水。

基本的に水中写真は好きになろうとなるまいとダイバーであれば人並みくらいにはうまくならないといけない。

なぜなら、誰かを撮ってあげることだってあるかもしれないし、海に潜っていない人や見ていない人のために生物を撮ることだってあるからだ。

ダイブショップサンライズ アドバンス講習

それが共有を大事にするダイビングの暗黙のルールであり真実である。

これを無視すれば無視したあなたも周りから無視される仕組みになっている。

 

では、ここからはシェリーが撮った写真の数々。

ダイブショップサンライズ ゴマフビロードウミウシ

 

ゴマフビロウドウミウシ。

ダイブショップサンライズ アドバンス講習

しっかりピントがあっている。ゴマフビロウド感のふさふさ感も出ているいい写真だ。

 

ハタタテダイとむれようとしている店長。

ダイブショップサンライズ ハタタテハゼ

ちょっと砂が舞って見えづらい印象。

魚は顔が命。ハタタテダイの顔の方向を見定めてシャッターおすといいだろう。

 

アオウミウシ。

ダイブショップサンライズ ウミウシ

構図はいいが、ピントが甘い。

ツノの方にピントを合わせた方がグッと引き締まった写真になる。

 

カサゴ。

ダイブショップサンライズ カサゴ

ピントはあっている写真だが、具体的なテーマが見えてこない。

撮影者のストーリーを入れ込まないと感情移入できないのが水中写真だ。

 

ではここで水中写真がうまくなるにはどうしたらいいのか。

僕なりの見解を述べてみよう。

まずは生物たちの実生活のことを知らないといけない。これは必修だ。

どういう動きをするのか、どういう時に出てくるのか、何に怯えるのか。

それがわかってきたら自分が作りあげたストーリーのなかに被写体を溶け込ませていく。

生物は今こんな気持ちでこんなことをしようとしている、だから私はそれをこう表現したい、という感じだ。

そのためには生物に話しかけてくつろいでもらう必要もあるし、演技してもらう必要もある。

今はオートで綺麗に撮れるわけだし、小難しい本に書いているカメラに関する撮影技術なんて身についてなくてもいい。

もちろん知りたい人や好きな人はそうやって勉強して撮ってもいいのだけど、実際の出来栄えに関しては「クリエイション」の方が重要だと思う。

写真には撮った人の生き方や性格なんかがバッチリと浮き彫りになるから、撮った写真を見るだけで自分がどんな人なのか、どんな精神状態なのかもわかるようになる。

自分のことを知りたい方にも写真はおすすめなのだ。

 

ファンダイブチームはウミウシ1の浮遊系9という浮遊系に大きくふったダイビングスタイル。

ダイブショップサンライズ アドバンス講習

 

ウミウシはそれほど探さないでもちょっと沖の岩に行けばたくさんいた。

ダイブショップサンライズ ウミウシ

さすが春だ。

 

一人1匹は見つけたゴマビロたち。

ダイブショップサンライズ ゴマフビロードウミウシ

 

ダイブショップサンライズ ゴマフビロードウミウシ

 

定番のシロハナガサ。

ダイブショップサンライズ ウミウシ

 

そしてクラゲについたヨコエビのような生き物を発見した。

ダイブショップサンライズ アドバンス講習

 

カーペットに爪を立てた猫のようにクラゲの頭にしがみついていた。

ダイブショップサンライズ クラゲ

この奇妙な雰囲気に時間を忘れて見入ってしまった。

クリオネに似ている貝は見つけれなかったが浮遊系はこれからが本番だ。

春は楽しみが多いな〜。

 

ちなみに本物の猫であるたけしは浮遊もしないし爪も立てない。

ダイブショップサンライズ 猫

可愛いな〜。

 

チューリップも見に行った。

ダイブショップサンライズ 香焼チューリップ祭り

 

ダイブショップサンライズ 花

綺麗だな〜。

 

桜咲く基山、てるちゃんは帰っていった。

ダイブショップサンライズ サクラ

なんか似合うな〜

 

 

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