減圧症日記 その3 再圧チャンバー編

減圧症の治療は、再圧チャンバーに入る以外に回復の見込みがないことは、ダイバーであれば誰もが知っている。

再圧チャンバーはどの病院に設置されているわけではなく、福岡市では箱崎の八木病院にしかないことはご存知だろうか。

移動も含めると、半日以上の時間は必要となるので、ちょっくら行って終わる治療ではない。

色々と厄介なのだ。

しかも、運悪く、減圧症にかかった次の日は、学科とプールが入っていた。

海であれば、どうにか変わってもらえるのだがプールだけはどうしようもない。

ガッデムである。

この日の再圧治療はあきらめ、息切れする体を引きづりながら出勤すると、めぐがお店で待っていた。

めぐはTTの一環として、これまで習ったことを総動員して講習を行い、その様子を見て僕がアドバイスする。

そのためには、きちんと見る必要があったのだが、息切れ、目のかすみ、関節の節々の痛みなど、見ることもままならない。

応急処置として、スポーツジムや整骨院にある「酸素カプセル」に入ることにした。

全部見ることができなかったことは、めぐには申し訳ないが、非常事態なので了承してもらうしかない。

すまん。めぐ。

 

AM10時に冷泉町の加圧スタジオにある酸素カプセルを予約が取れたので、早速向かった。

時間は90分間。

水深3mまでの圧力をかけるので、それなりの効果は期待できるはずだ。

終わったあと、加圧スタジオのスタッフの方に、「疲れていたんですか?」と尋ねられたが、減圧症のことなど知るはずがない。

説明するのが面倒なので、「はい」とだけ答え、加圧スタジオを後にした。

 

帰り道、明らかに体が軽かった。

こんなに効果が出るとは思ってもみなかった。

本調子からすると、30%程度ではあったが、一日を過ごすには十分だ。

16時から始まったプール講習では、ワニのように半水面で顔を出し、これ以上ひどくならないよう静かに観察していた。

 

 

人間は不思議なもので、ある程度すると不快な状態に慣れてくる。

あちこち痛いし、息切れもするのだが、生活できないこともない。

このまま自然と回復するのを待ってみようという気にもなってくる。

自分の体を実験台にする癖がある僕は、様子を見るという選択肢が頭をよぎる。

しかし、人生初のチャンバーにも入ってみたい。

地下鉄で電車を待ちながらの葛藤ではあったが、結局行くことにした。

このまま長引けばみんなに迷惑がかかるという、僕の心の奥に眠っているわずかながらの協調性が、そうさせたのであった。

 

八木病院は、馬出九大病院前駅を降りて、箱崎宮方面に歩いて5分のところにあった。

外観は普通の古びた病院だが、入り口を入ると、最初にこの病院に導入したであろう一人用の再圧チャンバーが飾られていた。

通常、再圧チャンバーは、「高気圧酸素治療室」と呼ばれている。

病院の受付に再圧チャンバーに入りにきたと告げたが、キョトンとされた。

そして、この高気圧酸素治療を受けるには、頭のMRI、血液検査、レントゲン、心電図検査などを受け、医師の診断を仰ぐことになっている。

約2時間ほどを費やし、検査の結果が出ると、この病院では高気圧酸素治療の責任者であろう医師は高気圧酸素治療についての説明を始めた。

耳抜きの説明は丁寧にされたが、ダイビングの内容に関してはわからないのか、ほとんど聞かれなかった。

どこが痛いのかを説明すると、「あなたの症状であれば、テーブル5」でいいでしょう、と2時間30分の治療に決まった。

 

高気圧酸素治療室は、半円形の筒状の形をしており、縦2列で6名くらい入れる大きさであった。

この日の減圧症患者は僕だけだったので、貸切だ。

広々とした空間に置かれたパーソナルチェアに腰掛け、フリーフロー酸素マスクを装着した。

重い扉がガチャガチャという音とともに閉められ、ゆっくりと加圧が始まった。

加圧が始まると、空気の密度が高くなるため、部屋の中の温度が上昇する。

5分ほど耳抜きを繰り返し、加圧計に目を向けると、1.5気圧であった。

つまり5m。

ゆっくりと加圧されるため、なんども耳抜きをする必要がある。

めんどくさいので、基本は唾を飲み込み、抜けない時だけ鼻をつまんで行うバルサルバ作戦をとった。

30分くらいで規定の2.8気圧。18mまで潜った圧力となり、気泡化した窒素をもう一度体内に取り込ませ、酸素で洗い流していく。

この気圧で大きく吸って、大きく吐いていると、徐々に酸素で酔ってくる。

段々と視界が定まらなくなり、本を読むどころではない。

ぼんやりと扉を眺める。

頭がおかしくなってしまったようで、なんか面白い。

時折、酸素中毒を防ぐために「5分ほどマスクを外してください」とスピーカーから聞こえてくる。

その時だけは、正常に戻る感じがした。

 

1時間ほどすると、1,9気圧、9mまで減圧していく。

部屋が段々と寒くなる。

ブランケットがあってよかった。

なかったら、トイレに行きたくてしょうがなくなっていたはずだ。

減圧治療は一度入ると出ることは許されない。

 

減圧が進むと、痛みが消えたり、別の箇所に移ったりと、体の中を行ったり来たり。

痺れたり、チクチクしたりと忙しい。

酸素で酔わなくなったので、はっきりと痛みの箇所を認識できるようになってくる。

すると、腰が痛いのは、実は減圧症であったことに気がついた。

後に、痛みが消えた箇所を確認すると、首、肩甲骨、両肘、両膝、両足首、脇腹、胸と、筋肉痛だと思っていた箇所も実は、減圧症であったことには驚くばかりであった。

 

1回目の減圧治療で70%ほどの窒素が抜けるそうだが、目ははっきり見えるし、節々の痛みはほとんど消えていた。

「もし調子悪かったらもう一度入ってもいいからね」と医師からは告げられ、病院を後にした。

 

帰り道、箱崎宮の方から帰ることにした。

明らかに足取りは軽くなっていた。

息切れも少ない。

参道では、もうすぐ始まる放生会のお化け屋敷が設置されるグラウンドで、リトルリーグの野球少年達が守備練習をしていた。

少年達のように、軽やかに体が動くところを想像してみたが、徐々に関節の鈍痛が戻ってくる。

 

やはり一回では完璧には治らない。

 

今の体では、80才の老人くらいのパフォーマンスしか出ないのだろう。

走ることも、投げることもままならない。

すぐに疲れて、関節が痛い。

 

 

テーブル6の「5時間コース」の方が良かったのではないのか。

あの適当に受け答えする、おそらくは夕飯のことしか頭にない医師の顔が浮かんだ。

 

RIO