北海道の知床へダイビングに行ってきます。

北海道にはまぎれもない流氷が近づいていた。

ついこの間まで濁っていた海水の透明度が嘘のように回復していた。

気温が春の到来を示すように5度になった。

コロナウイルスに対する北海道緊急事態宣言も19日で解除された。

僕は28歳をすぎたあたりから強運というものをまるでファッションが身に染みているイタリア男がチェスターコートを着こなすように生きてきた。

それは誰から見てもあまりに自然に着こなしているので、周りの人には僕の強運のしるしみたいなものを「はいはい。あの人ああいうとこあるよね。わかる、わかる」というふうには見つけることができなかったと思う。

だから僕に関係する物事は、見た目にはわからなくても釘の隙間を調整されたパチンコ台のガラスの中でコンコン壁にぶつかりながら最後は必ずスタートチャッカーの中に吸い込まれる。

どれだけ心配しても物事はあたりの方向へと運ばれていく。

どうやら僕は強運ではどうにもならない実際的なことでしか心配しない人間になっているみたいだ。

だから今回の旅のことを心配したことは一度もなかった。

ふと、今回の知床の旅はなにか語り継がれるような奇妙なことが起きそうな気がしている。

素直に湧き出る直感がそういっている。

だったらそれに従ってみようと思う。

 

さて、今から僕は飛行機に乗ってまずは札幌千歳空港へと向かう。

その場所は一度も北海道に行ったことがない僕にとって初めて足をつける最初の地となる。

日本人として生きてきて行ったことがない日本があるというのもなんだか不思議だ。

人は狭義のカテゴリーの中で十分幸せに生活できることを実感する。

札幌では味噌らーめんを食べる間もなく根室行きの飛行機に乗りかえる。

約1時間飛行機に乗って根室に着いたら、日が暮れた北海道の雪道をスタッドレスを履いたミニバンで1時間30分走ればそこは知床となる。

知床はどんなところなんだろう。

思っている以上に厳しい部分があるのだろうか。

思っている以上に住みやすい部分があるのだろうか。

体を動かさずに本で得た知識や、人から聞いた情報では薄っぺらい。

旅行を趣味としていない僕はそのことをときおり実感するものだ。

やはり街に漂う空気の匂いや聞き取ることができないなにかしらの音色や雪の実際的な硬さや住民たちの親切といったものを親密に感じとらなければ、自分のものにはなっていない。

そのためには僕というものをそこに含ませる必要がある。

そうすることで初めて理解できる。

だから初めての場所に行くときは妄想に囚われてしまう。

僕はくだらないことばかり妄想することが多いのだけれど妄想がそのまんま現実とリンクすることがある。

ピタッとハマるとこれは案外おもしろい。

なのでみんなも同じように僕らが帰ってくるまで頭の中でその情景を思い浮かべてみてほしい。

知床から戻ってくるのは火曜日の21時。

きちんとブログを書けるのは水曜日。

時間は3日間あるので皆さんも是非一度。

 

今からゴープロをバッグにつめこまないといけない。

今回は動画を撮ることに集中しようと思っているからだ。

大ちゃんの一眼に勝る映像を、さも真剣に撮っていないかのように撮ってみようと考えている。

 

もう時間が足りなくなってきた。

オカメインコ2羽のこと2はフーミンよろしく。

それではいってきます。

 

RIO