鍾乳洞への旅

暗く、狭いところに入って、息を潜めたくなることがある。

自分の心の奥底に潜む感性を、深層に沈む砂泥の中で、静かに息を堪え、自己の醜い部分や、身勝手な心をどのように昇華させてゆくか。

モザイクで彩られた、見慣れない感性をどう刻んでいくのか。

自己保全の為に、醜さをふるいにかければかけるほど、その意識が働けば、働くほど、誰の心にも響かない、虚脱へと変わる。

そうして、いつも、自分との会話はひとりぼっちの旅だ。

いつもと違う環境では、心の奥に潜む物質で、全く違う香りのカクテルを、作れるのではないだろうか。

いつもと違うところに潜るというのは、そうした新しい自分への道しるべを見つけやすいのではないだろうか。

すると、煮詰まった場所から、少しだけ遠くの方を指差すようになるのではないだろうか。

暗く狭い鍾乳洞へと潜る旅は、そんな一瞬の憂鬱も忘れた。

ありきたりな記念写真を見つめていると、手の届かないロマンへと、心は霧に包まれるのだった。

 

 

 

今日は、狭く暗い大分の稲積水中鍾乳洞へ潜ってきましたが、写真が多すぎて、やる気が起きません。

純文学風の詩だけ書きました。

明日は、海中止になったのでブログ頑張ります。

 

RIO