「明日は午前4時15分までに車の雪を払いまして、出発できるよう準備しておきますので、みなさんは寝坊しないよう駐車場までおこしください」と言い残し大輔は部屋に戻った。
北海道の部屋はひどくあっためられているのでTシャツでも寒くない。
テレビをつけると若い芸人が甲高い声でむやみやたらに大声を張り上げていた。
こんなもの一体誰が好んで見るというのだろう?
テレビを消して外窓から外を眺めると氷柱が鍾乳洞のように地面に到達しようとしているのが見えた。
空は相変わらず端から端までどんよりとした雲に覆われていて、月は見えなかった。
昨晩降り続いた雪は車道と歩道の境を曖昧にしていた。
大輔は3時に起床して4時15分に出発できるよう日焼けした腕をまくってフロントガラスの雪をはらっていた。
ようやくすべての雪を払い切った頃には冷くなった汗が乾きかけていた。
道は硬く凍りついて柔らかな雪が歩道に降り積もっていた。
お世辞にもドライブ日和とはとても言えない。
こんな日は家でおとなしくしていろと父親に言われたことを思い出した。
アクセルを踏むと雪を圧縮する音がハンドルに伝わってくる。
精神が解き放たれていくような気がした。
ここのところ続いていた胸につまりがすっと消えて心地よかった。
30分ほど走ると橋の上に差し掛かり、歩道の上に1匹の野生動物が目に留まった。
それは柴犬の成犬ほどの大きさのキタキツネだった。
飼い慣らされた動物園のキタキツネとは違い、黙々と鍛え上げられた太ももが見えた。
まとっている毛皮は一回り分厚く光輝いていた。
全身の何もかもが厳しい環境に適応している。
誰が見ても一目瞭然だった。なにひとつとして甘えたところは見当たらない。
ライトがキタキツネの全身をとらえると、一瞬こちらをちらと見たがなにも気にしてないみたいだった。
これほどまでに深い雪化粧の中のどこにエサがあるのだろうかと大輔は心配になった。
この先キタキツネにエサをくれそうな民家はない。
林の中に入っても枯れ木ばかりで木の実もないしネズミもいないだろう。
キタキツネは誰かに指図をされるわけでもなく、誰かの顔色を伺うわけでもなく、自分の責任でこれからの人生をまっとうしていく。
その覚悟がキタキツネにはあった。
われわれ人間はキタキツネの行動を邪魔しないよう細心の注意を払うのが知床ドライブの掟である、と大輔は思った。
もし、ぶつかりそうになったら迷わず急ブレーキを踏み
「きつ〜〜〜〜〜!!」(腕を最大限伸ばすと効果的)と言えば、キタキツネに危害を加えることはないことは実証済みである。
1時間かけて到着した羅臼港に太陽の光はまだ到着していなかった。
車の外に出ると皮膚を痛めつけてくるような冷気が肌を刺す。
できるだけ肌を露出しないよう、体温を奪われないよう防寒を徹底しておかないと命の危険に晒される。
そんな寒さは経験したことがない。
このあと海の中に潜ることを想像してせいなはダイビングが不安になってきた。
買ったばかりのSONY社アルファ6700をぎゅっと握りしめた。
集中することで恐怖を忘れる性格なのだ。
出航する頃にようやく空があかるくなってきた。
船は10分ほど走ると停止し、乗組員がエサを撒き出した。
ほどなくして鳥たちが山の方から一斉に飛び出してきた。
きゃんきゃんきゃんきゃんきゃん。
沖の方にいる海洋哺乳類を見たかったが、波が高くて断念したため、今回は港から10分くらいのところで停泊した。
一眼カメラ客は撮影しやすい場所を確保していた。
暖房の効いたキャビンに入ってくる気配はさらさらない。
一眼カメラを持っている人は持っていない人に比べて乗船料が2000円高い。
そのせいなのかキャビンには船長とクルーと僕しかいなかった。
オオセグロカモメが朝日を受けて飛び立つ。
狙いは冷凍ニシン。
こんなにかっこよくても冷凍のエサを狙っているのがおもしろい。
鳥を撮れない「スマホ組」と「標準レンズ組」は肉眼だけで鳥の姿を追う。
カラスに混じってオオワシが飛んできた。
完全な朝になる。
ローソク岩が見えはじめた。
雄大な景色に感情が昂る。
だいちゃんはここぞとばかりに撮りまくる。
このカメラの最大限威力を発揮するには、それ相応の感情のたかぶりが必要なのだ。
いいなあ〜
俺も一眼欲しいなあ〜
鼻でかエスキモー兄さんこころのつぶやき。
はるか遠くに白い水飛沫。
おそらくシャチだとおもわれるがスマホではでんでん撮れまてん。
スマホって人とか景色しか撮れないんですね〜〜あやか談
スマホは基本、街用ってことだよね。
港の中に戻って堤防に船を固定させる。
堤防の上にやってくる鳥を狙うためだ。
きゃんきゃんきゃん。
オオワシと仲良しの鳥オジロワシも来た。
きゃんきゃんきゃん。
バードマン離陸。
きゃんきゃん。
バードマン着地。
きゃん。
きゃ。
オジロワシとオオワシは鳴き声が子犬みたいで性格がおとなしい。
争ってエサをうばったりしない。
見た目とぜんぜん違う鳥。
カラスやカモメの方がよっぽど凶暴なのだ。
左からメーカーが、SONY、OMSYSTEM、NIKON。
センサーサイズが、APSC、マイクロフォーサーズ、フルサイズ。
レンズが50mm、300mm、600mm
一眼いろいろ鳥もいろいろレンズもいろいろ。
きゃん。
7時30分下船。
おつかれさんって言うのはまだはやい。
われわれの1日は未だはじまっていない。
港を出て街の方に向かう途中、羅臼川にはくちゃんがいないか確かめたけど、
はくちゃんはまだ飛んできていないんだ。
宿で受け取った朝ごはんのおにぎりを食べ、いよいよダイビングの準備を行う。
黄色が目印の建物が知床ダイビング企画。
倉庫でウエイトのセリが行われる。
セリの責任者はニークラさん。
何キロほしいですか?
はい!何キロ!
どうぞ!どうぞ!
この時点で「え〜何キロかな〜?わかんな〜い!」みたいなことを言っている人はここでは潜る資格はない。
厳しいことを言うようだがここは想像以上に厳しくて危険な海なのだ。
読んだことがない方のために「知床ダイビング企画の注意事項」を引用する。
特に「中止の決断」を読んでいただきたい。
自己の管理 について① |
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自己の管理 について② |
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中止の 決断について |
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ひさしぶりのローソク岩。
なぜだかわからないけどローソク岩で潜る時、ホームグラウンドの白瀬や捨て瀬で潜る気分になれる。
こんなところは滅多にない。
番屋に入るとおばあちゃんの家に来た気分になれる。
ここで1日ゆっくり海を眺めて過ごすこともぜんぜん悪くない。
ひさしぶりにきてもマックスくつろげるのがこの番屋の不思議なところだ。
ちゃんまりがこの顔になることは納得できる。
やっぱり番屋が最高ですねえ。
ソリで器材を運ぶアオヤギさん。
青いドライスーツで見分けることができる。
今回のアオヤギさんチームはRIO、だいちゃん、ざっきー、ふーみん、ラム(紅一点)。
プロ&プロ見習いというオールスター的チーム。
雪の上でセッティングするため、土や草が器材につくことはないが、素手でセッティングを行うとかじかんでどうしようもできなくなってしまうのでグローブは必ずつけておこう。
おすすめは防水防寒ゴム手袋。
セイコーマートで700円くらいで買えます。
ブリーフィングでニークラさんが言っていたこと。
1本目は慣らしでトド岩1周ライトコース。
トドが挨拶にくるかもしれないけど、そのときはおつかれ!と声をかけること。
トド岩周りには、ナメダンゴの小さいやつから大きいやつまでいるし、冬はミズダコがじっとしていることは必見。
レギが凍結したらアッタカイ息ではあはあしてね。ダイブタイム40分。以上。
ここでは助けを必要とする場合は誰かにお願いするが、やれば自分でできるときはまずは自分でやる。
それでもできなかったら助けを求めるのが基本だ。
ちなみにだけど、ざっきーは非常勤スタッフの女性と関さんに二人がかりで、フィン、BC、ドライホース、グローブやってもらったあと、岩をごろごろ転がって、すーっと海に入って泳いでいったので小型のアザラシに見えた。
ざっきーはいろいろときつきつだから仕方がないけどもう少し体を柔らかくした方がいいと思う。
あとバディのだいちゃん(プロ)はもう少し手伝った方がいいと思う。
なんだかんだいって最後は助け合いだからね。
次回がんばろう。
エントリー直後にまず目に飛び込んでくるのはスジメという海藻。
昆布の仲間なので羅臼昆布なんかと一緒に生えている。
長さは3m〜5mくらいはあったと思う。
昆布関係の森はいつみても圧倒される。
サんゴみたいにそう簡単に見れるものではないし、水温11℃まで下がる福岡にだって生えてこない。
志賀島のワカメの森はこれのミニチュア版です。
ざっきーはウエイトベストを二キロ軽いものをわたされたことに気が付かなかったので潜行できなかった。
石をお尻に上に挟んで、アオヤギさんのアンクルを外してざっきーの足につけて、ようやく普通に潜れるようになった。
ウエイトが二キロ軽いだけで右往左往してしまった理由はインナーが分厚くて動きずらいことと、全面フードの圧迫感がストレス多いからだと思う。
もちろん水が冷たくて緊張しているのもあると思う。
ざっきーみたいなベテラン勢でもちょっとしたミスでこうなってしまうのが極寒の海なのである。
昆布の森を抜けてダイコンを確認すると水温0℃。
マイナスにならないのは流氷が来ていないからだそうだ。
深いところにいけば若干マイナスにはなるのだろうが、浅瀬は思ったよりも寒くなくて拍子抜けした。
流氷の天使クリオネは普通にそのへんに泳いでいたのでそれも拍子抜けしたよね。
ミジンウキマイマイも数は少ないものの普通に泳いでいた。
動きは可愛いし、フォルムも可愛いと思うんだけどなんでみんな知らないの?
今回ニークラさんチームは、あやかちゃん、せなこんぐ、まえだ、あさがお、ちゃんまりの5名。
ばたばたばたー、ぱにぱにぱにー、にごにごにごー、とした人いたみたいだけどこのブログでは割愛しておこう。
ニークラさんの手袋をご覧あれ。
なんと防水防寒グローブだ。
よくみるとスクイズを起こしてない。
ということは圧平衡されている。
どうやって?
答えは簡単。
ドライの手首をシリコン仕様にしているので輪っかがついている。
そして、防水グローブにプラスティックの輪っかをつけて、かちゃっと回して装着することで密閉される。
細いストローみたいなもの手首とグローブに通しており、手を挙げると空気が流れこんで圧平衡されるという仕組み。
グローブに穴が空いたら水が逆流してきて、インナーが濡れることがあるかもしれないけれど、ほんのすこしだと思うので大丈夫なんじゃないかなと思う。
分厚いより、「濡れない」というのが寒くない秘訣なんだね。
お目当てのナメダンゴのお父さんを教えてもらった。
動きはハコフグ。体はトゲトゲエイリアン。顔は番長系。
可愛いといえば可愛いけど、気持ち悪いと言えば気持ち悪い。
一旦壁から離れるとゆらゆら泳いでどこかに泳いでいってしまった。
もはや天敵はいないのかもしれない。
オニカジカの卵を教えてもらった。
福岡でカジカといえばアナハゼ、アサヒアナハゼ、キヌカジカくらいだが、北の海にはいろいろな種類のカジカが住んでいる。
サイズも大きく迫力がある。
オニカジカはカサゴとアイナメの中間みたいな感じの魚だけど、頭が大きくて目も大きくじっとしているのでとても可愛い。
卵は冬に産んで春頃に孵化して夏になったら大きく成長していくのだろう。
赤い色をしているオニカジカ。
オニカジカタイプAと呼ばれている。
オニカジカタイプBと呼ばれているのがこちら。
卵を産んでいたのはタイプAの方だ。
近い将来、タイプBは「クロオニカジカ」と呼ばれるようになり、タイプAは「アカオニカジカ」と呼ばれるそうだ。
1本目は33分くらいでエキジットした。
1本目は浅かったし、時間が短かったので誰のレギも凍結しなかった。
レギが凍結する理由3選。
1、深く長く吸ってしまうことがあげられる。
深く長く吸うと空気が出る時間が長くなり、ファーストの冷える時間が増えるため凍結しやすくなる。
2、深いところへいったとき。
深いと単純に水が冷たくなるだけでなく、圧力の関係で凍りやすくなる。
3、ホースの長さ。
僕たちが普段使っているホースは短い。
ホースが短いと残気が少なく凍結しやすくなるのだ。
器材メーカーの人はそんなことはないと言っていたが、関さんたちは確実に凍りにくくなると言う。
日頃使っている人たちの感覚はおよそ間違いはないと思う。
使っているのが一流のダイバーであればなおさらだ。
ちなみにだけど僕は4ダイブして、5〜6回は凍結をおこし、セカンドから小さくフリーフローした。
水深20m超えてからおもいっきり吸ったときにしかならなかったので、レジェンドでも案外いけることがわかった。アクアラングのたなかさんにちゃんと中圧値を調整してもらったおかげ。
フリーフローした際、セカンドの排気穴を両手で塞いで、はあはあと暖かい息を出すと直った。
浅いところにいけば直るのだが、僕は浅いところには興味がないので深いところで対処するようにしたのだった。
鹿のツノにロープが絡まっているところをだいちゃんが写真に納めた。
鹿に大変な人生を歩ませているのが実は人間だなんて、そうじゃなくても鹿は大変なんだから、ゴミをそのへんに捨てるのはやめてほしいねえ(特に漁師さん)。
2本目はトド岩からさらに奥までいくちょいロングコース。
ざっきーはアザラシエントリーが慣れてきた。
ある意味、絵になっていた。
まず、目に飛び込んできたのはスガモ。
アマモの仲間で波が高く打ち付ける岩の上に生える海草である。
実は僕たちがくる前、波が高すぎて1ヶ月間ぜんぜん潜れていなかった。
こんなに凪いだのはひさしぶりとのことだったらしい。
僕たちはほんと運がよかった。
実は最悪のパターンも予想していた。
知床に着いたものの、流氷来ず、大荒れで潜れなかった場合だ。
観光船も欠航だろうから、温泉ー飯ー博物館ー温泉ー酒ーおみやげー酒。みたいな日を繰り返すことになるかもしれないと恐れていた。
次回冬にくるときは、潜れなかったことを想定して「望遠レンズ付きの一眼カメラ」か「双眼鏡」を必携にしようと思う。
水面付近に浮いていたシンカイウリクラゲが可愛かった。
日頃は深いところにいるせいか赤色が強く出ていて大きさも3倍くらいあるのでコンデジでも撮りやすい。
オニカジカタイプBをよそ目に深い方へ降りていく。
カジカを瞬時に見分けることができたら知床ダイバーだ。
残念ながら僕たちはその域に達していない。
砂地16mに降りると蟹がいた。
名前はクリガニ。
卵を持っていた。
毛蟹に仲間だからとても美味。
5月ごろに一番美味しくなるそうだ。
こぶりなので食べやすそうだ。
トド岩の奥にある切れ目に巨大なミズダコを発見した。
以前もここで見た。
住処なのだろう。
ミズダコは低水温だと動きが鈍くなるため危険度が減る。
冬は近くに寄って撮影できるが、大体の場合、岩の奥に入り込んでいるためそもそも撮れない。
吸盤は直径5センチくらいあった。
これは吸盤の配置からオスだろうと思う。
ウミウシもいた。
ホッカイミノウミウシだ。
福岡で見ているサキシマミノウミウシとはちょっと違うのがなんとも面白い。
普段馴染みのないピカチュウウミウシを見るより面白い。
このへんをうまく表現した写真を撮る人はいないものか。
これは海の蜘蛛で名前は「ウミグモ」。
初めてみた人は、蜘蛛が上から落ちてきて苦しくもがいているようにしか見えない生物だ。
よく見ているといつも陸にあがっていきたそうな動きをしている。
しかし、陸にあがりかけると必ず海に戻ってくる。
そしてまたあがろうとする。
彼の人生は矛盾を抱えている。
40分が経過。
クリオネは安全停止中を楽しくしてくれる。
クリオネだけを40分間見つめているのも悪くない。
凍結と減圧症の心配ご無用となるしね。
あっという間の3分間。
クリオネが撮れない人はキタミズクラゲを撮ればいい。ぼんぼりみたいに撮ればいい。
冬の知床でのダイビングは時間が短く感じる。
毎回大人数で潜るためマックス40分と決められているが感覚的には25分くらいだ。
これだけ冷たい海の中で生物が普通に暮らしていることにも驚きだが、身体的にもトランス状態に入りやすい。
明日はもっともっと深いところにいきたいと願うばかりだった。
寝不足と疲労で早く宿にかえって寝たいところだったが、羅臼の海に潜らせてもらったお礼に
羅臼神社へ参拝に行った。
こじんまりとしているが知床の総鎮守。
お参りをすませると気分がすっきりした。
明日は凪になって潜れることはわかっていたが、誰かの体調が悪くなったり、事故を起こして潜れなくなったりしないためにも、神様へのお礼と自分達への引き締めが大事なのである。
羅臼権現水をいただく。
甘く感じた。
きつねの菌は入っていないと書いてあったので安心の水。
というわけで、この日は観光はこれだけにして宿に戻り温泉に入って寝ました。
宿の食事は半分以上洋食でした。
ざっきーのお腹はどんどん膨れていきました。
エゾたぬきになるんだとさ。
RIO