お店でゴロンとしていたら、居酒屋にでも行って、手料理でも食べてみたい思ったのか。
やつはわたしに居酒屋に行こうと誘ってきた。
やつが居酒屋に行こうなんて言い出すことは、わたしが海の中で道に迷うことくらい珍しい。
どんな風の吹き回しなのだろうか。
明日、風邪をひいたから寝込んでます、なんてことを言い出さないといいなと思う。
大体、やつは居酒屋に行くと、きまってタンパク質の多そうな一品料理を注文して、烏龍茶のアイスをちびちびと飲む。
あとは眠たそうな目で人の話をふんふんと聞いている。
人生に居酒屋文化が必要のない人種というのはこういう人のことを言うのだろう。
やつは、近くで済ましてしまうのはなんだか気が乗らないらしく、ことねが働く「ゆめや」に行こうと提案してきた。
あそこなら普通に歩いても、ゆっくり15分はかかる。
わたしはこれには1秒で同意した。
今宵は秋風が気持ちがいい。
一日デスクに座っていたので、ちょっと歩きたい気分だったのだ。
今しがたやってきた、たつぼうなる若者も連れて行こうと決める。
二人で行くのも三人で行くのも結局同じことじゃないか。
わたしはやつにそう提案した。
やつは居酒屋に行ければそれでよかったので、すんなりOKを出した。
黙々と三人で天神の街を抜けていく。
きっちり15分歩くと水鏡天満宮に着いた。
ゆめやはその脇道にある。
お店の前では、ことねがエプロンをつけて待ってくれていた。
わたしはたつぼうなる若者とダイビング談義に花を咲かした。
ことねは仕事の合間に卓につき、話に入ってきた。
みんなで盛り上がって楽しかった。
やつは筋肉にしか興味を示さないようなので、放っておいた。
わたしは他にもゆめやに来れそうな人がいないか頭をめぐらせてみた。
このあたりが帰り道でちょうど仕事を終えた人。
それは、ちゃんまりしかいなかった。
ちゃんまりは仕事帰りだったので、いい匂いがした。
一言で言えば、フランスの香りだ。
ゆめやはタバコが吸えるお店だったので、その西洋の香りはおじさんたちの下世話なタバコの煙にかき消されてしまった。
それでも、ちゃんまりはビールを片手に楽しそうだった。
ケラケラと笑って手料理を食べていた。
わたしたちはラストオーダーまで酒を飲んだ。
気持ちよく酔っ払ってしまったのだ。
たつぼうなる若者はインストラクター試験に向けて頑張っているらしい。
わたしはこういった「はげめ!」
だってこれしか言えなかったんだもん。
やつはというと、明日は肩をやると言っていた。
肩をやる?
意味不明なので放っておいた。
やつは日に日に大きくなっていて、何を目指しているのかほんとうにわからない。
実際は何も目指していないのはわかるけど、なにかを目指していないとあんなきついこと毎日やらないでしょと思ってしまう。
そんな変人はさっきも書いたのだけれど、放っておくにかぎる。
なんていったって、わたしの特技はそっとしておくこと。
そっとしておけることはそっとしておくのだ。
そっとしておけないこともまずはそっとしておく。
そっとしておくことの最大の美点は、水が低きに流れるように滞りなく切り替わってくれるチャンスを与えてくれることなのだ。