君のカメラはするりと落ちる。
髪の毛が一本抜け落ちるようにそれは無音のうちに成し遂げられる。
こんな広大な海の中で、豆腐くらいのサイズのものを見つけるのは、まるで闇夜でカラスを探すみたいだ。
僕は岩の間に目を凝らす。
見つかるのはウニとサザエ。それにキュウセン。
よくみればアサヒアナハゼだっているじゃないか。
海にはカメラ以外の色々なものが住みついている。
でも僕はカメラのゆくえを、それだけを知りたい。
君は幼いタコを見つける。だがその姿を映しとるためのカメラがないことに君はようやく気づく。
君は君のドライスーツの下から乾いた心臓の音をはっきりと聞きとることができる。それは君にとってまことな異常をあらわしている。
カメラにはそのカメラと同じくらい高価なレンズがついている。けっして安くはない代物なのだ。
しかし君は安心する。そう遠くはない。ここはP1の先の砂地なのだから。
青い空の下でドライをひっくりかえす。ドライは足先に向けて湿気を含んで重たくなっている。
西から強く吹いてくる海風は君の労苦の汗をしかるべき速さで蒸発させていく。君のインナーに付着した汗はもう乾きかけている。
カメラはどこにいったのだろう。
落とした場所に沈んでいないのならば、それは物理法則上浮くことになる。
よく考えてみてほしい。物理の法則を持ち出すまでもない。そんなことは僕のアタマで考えたってわかることだ。
西風はカメラをベルトコンベヤーのように東の海岸へと運び去り、カモメの死体みたいに砂浜に打ち捨てていくのだ。
しかし、果たしてそれがどの程度の距離をどの位置まで移動したのか。僕のアタマで考えたってわかることではない。
「ふじこさんが落としたカメラとは大きいカメラなのですか?それとも小さいカメラなのですか?」
「わたしが落としたカメラというのはね。
GOPROというカメラなのよ。シリーズは6だったかしら。
そのカメラにはマクロレンズというものがついていて、それにはひっかき傷が入らないようネオプレンのカバーで丁重に覆ってあるわ。
もしあなたが見つけてくれたのならば、わたしが拾った黄色いナイフを差し上げることにするけれどもいいかしら。
手に馴染むいいナイフよ。少なくともわたしはそう思うわ。
落とした場所はそうね。
あなたがフィンを履いた場所から、あなたが幼いタコを見つけたところまで。
チェーン沿いにいたわよね。
あなた覚えてる?
熱にも弱いみたいだし、今ひとつ頼りにならない気がするわ。失礼だけれども。
でもお気になさらないで。あなたのことをみくびっているわけではございませんのよ。
ただ、わたしはあなたのことを全面的に信用するのがいささか心配なだけですの。
考えてもみてごらんなさい。合わせて10万円はくだらない代物をあなたひとりに押し付けるわけにはいきませんものね。
今、これを見ているレディースアンドジェントルメンのみなさん。
どなたでもいいわ。
目を凝らして私のカメラを探してもらえないかしら。
わたしの心からのお願いですわ」
RIO