「ごめんください」
「エクレアンドーナァツ」とマジックインキで書かれた扉を開けようとしたとき、赤いベースボールキャップを深々とかぶったおじさんが顔を出した。
「はいはい。お客さんですね。なんでしょうか。」とおじさんはめんどくさそうに答えた。
「あの、手土産を買いにきたんですけど、まだやってますか?」と僕はおそるおそる尋ねた。
僕はこれからお金持ちのいとこのところにお金の工面をお願いに行く途中なのだ。
「手土産でしたらこのショーケースの中にございます。ただしこのショーケースはお客様の方からは見えないつくりになってあります。」
よくみるとそのショーケースはマジックインキで黒く塗りつぶされていた。どこから覗き込んでもただの黒い箱にすぎない。
「あの。僕は非常に急いでいるのでとにかく6つほど適当に詰めてもらえませんでしょうか?エクレアでもドーナッツでもかまいません」と僕は言った。
僕のいとこは冷たく冷えた洋菓子さえあればどんなお願いごとだって聞いてくれる人なのだ。
「あいにくですがお客様。当社ではお客様ご自身でお選びいただくシステムとなってあります」とおじさんは淡々と言った。
「選ぼうにもなにも見えないじゃないですか?」と僕は強い口調で言った。
「見えないというのは見えない位置にいるからですよ。見える位置に移動すればほしいものがきっとみつかります」ときっぱりとした口調でおじさんは言った。
そう言うとおじさんは僕の襟をひょいとつかんで、ショーケースの中に放り込んだ。
ショーケースの中はしっかり冷蔵されていて、ライトアップは見事なものだった。
オニツカタイガーのキャップが1個
オニツカタイガーのTシャツ数枚
オニツカタイガーのショートパンツ数枚
オニツカタイガーの靴下数枚
オニツカタイガーのリュックサック1個
宝りんご店の真っ赤なりんごが7個
消える蛍光ペンが1セットで12本
山椒の粉が5本
無農薬玄米が15キロ
「どうです?素敵でしょう。どうぞごゆっくりとお好きなものをお求めください」
「おじさん」と僕は呆れた声で言った。
「たしかにこれはすべて僕のほしかったものです。でも今は違うんです。エクレアやドーナッツのような見栄えのする手土産がほしいんです」
こんなところでもたもたしていてはいとこが待ちくたびれて仕事にでかけてしまう。早くどうにかしなければ。
そのときちょうどクロネコヤマトの配達がきたので、おじさんは荷物の受け取りのためにどこかへいってしまった。
おじさんが帰ってくるのを待っているとひどく寒いし腹も空いてきた。
仕方なく僕はオニツカタイガーの帽子をかぶり、Tシャツとショートパンツと靴下を履いて、りんごに山椒をかけてたべてみた。
オニツカタイガーに身を包まれてりんごを食べていると、いとこのこともそれから先のこともすっかり気にならなくなってきた。
なぜだかわからないけれど、自然にそう思うようになっていたのだ。
僕はそこにあるすべてのものを真っ黒なオニツカタイガーのリュックにつめて帰ることにした。