台風が近づいてきていた。
北東の風。
波の高さは2.5m。
上げ潮の終わりかけ。
風と逆に流れていたので、複雑な波形を形成していた。
立つのもやっと。
BCを着ていたらなおさらだった。
店長先に入る。
そのあと、用意の済んだものから水に入る。
バラバラと無規則に。
わたしも入る。
ロープには、ことねとまーさとシェリーはしがみついていた。
彼女たちはヘッドバンキングするように激しく上下していた。
叫び声が聞こえてきた。
「こわい~~~!もうやだ~~!!むり~~!いや~~~~~~~~~~!」
まーさだ。
隣にいたことねも瞳孔が開いていた。
まーさにつられて動揺していたのだろう。
まーさはこれまでみたことがないほどに、激しくうろたえていた。
しかし、それは舞台女優のように見えた。
演技と本音が混在している。
しっかりとマンツーマン態勢でサポートすれば、潜れるかもしれないという可能性がみてとれたのだ。
しかし、わたしはそれを実行するほどの余裕はなかった。
とっくんが流されていた。
わたしはボートに居たともきさんにまーさを託した。
わたしはこの荒波と激流から逃れたかった。
ロープまで取って返し、潜降を試みた。
しかし、それは叶わなかった。
バディであるとっくんがロープから10mほど離されていたのだ。
「ここまで戻っておいで!早く!」とわたしは言った。
とっくんはここから潜ると言った。
彼は潮が流れる水面移動では戻ってこれないと判断したのだ。
わたしはその動向を見守っていた。
案の定、ケーソンにはたどり着けず、水面にふたたび水面にあらわれた。
すでに30mは流されていただろうか。
波を利用しながらフィンをうごかしているのが見えた。
フィンでなみしぶきがあがっていた。
しかし、波の力の数倍以上の力で彼の体を押し戻していく。
わたしは3秒に一回しかくらいしか彼の巨体を視認できなくなっていた。
わたしは動揺と冷静が入り混じった心持ちで彼の行く末を見守っていた。
結果的にとっくんはともきさんに助けられた。
ともきさんは、荒立つ水面をすべるように泳いでいき、そこからとっくんとふたりで潜降したのだ。
わたしもその方法は思いついたのだが、いかんせんケーソンを離れてからの地形がまるでわからない。
コンパスを使って戻って来れないでもないが、それは不可能だと判断した。
この濁りと流れの中、半端なことでは命取りになる。
自分のできないことはやらない。それが海で遊ぶ者の鉄則である。
今回は、ともきさんが船に残ってくれていたのが幸いだった。
もしあのとき、わたししかいなかったなら、船長であるともきさんを呼び戻し、船を動かしてもらうという方法になっていたと思う。
しかし、ああいう状況で船を動かすことは避けたい。
すでに潜っている人がいる中で船を動かすことは、プロペラ事故の危険を増大させる。
ケーソンから離れたあとはもちろん、ピックアップ後、ケーソンに再度、船を固定させなければならないからだ。
それにダイバーが、岩礁域の方に流されていたら、船は近づけない。
「あのとき、彼の耳が抜けずに潜降に戸惑っていたら危なかった。」
と、ともきさんは振り返る。
水面の流れに人間は無力であるということを誰しも肝に銘じておかなければならない。
水中で見たことねはいつものことねに戻っていた。
「パニックって、つられるんですね!自分でもびっくりしました!!」
2本目。
風は相変わらず強かったが、潮が止まったおかげで、波はずいぶん収まっていた。
「わたしには冷静な自分とパニックの自分がいるんですよ。だから、パニックの自分がぎゃーぎゃー泣き叫んでいても、こいつ200本近く潜っていてもまだ怖いんだ、そんなことではサンライズ出入り禁止になっちゃうよ、という冷静な自分の声が聞こえるんですね。マジでみんなドン引きですよね?」
まあ、いいんじゃない。
それがまーさだから。
店長とマンツーマンになれば普通に潜れたんだから、めでたし、めでたしだよ。
今さら、そのことについてどうこう言う人なんていないよね。
1本目にマクロレンズ落としたつばさちゃん。
潜ってすぐに、さがしてください、さがしてくださいとスレートに書きなぐっていたね。
わたしはあのとき、とっくんとまーさのことで頭がいっぱいで、それどころではなかったけれど、一応探しては見たよ。
そのレンズはともきさんが見つけてくれていて、2本目に無事使えてよかったね。
それについてもどうこう言う人はいないよ。
それがつばさだからさ。
えーっと、その他のトラブルで言えば、ことねとシェリーががウエイトポケットを落とす。
珍しく立花さんだけなんにもなくスムーズに1日を終えることができました。
ご褒美といってはなんだけど、「サフランイロウミウシ」を見つけられたようです。
これは初めて見ました。
最後に、生き物の居場所を紹介して、今日のブログはおしまい。
ツルガチゴミノウミウシはケーソンの北、20mのところ。
フジナミウミウシはロープを降りてすぐ下のケーソンの側面。
イボイソバナガにはとっくんが流された方角の水深22mのヤギ。
シーフードカレーは全員完食。
2本だったけれど、3本潜った疲労感。
いい夢みたぜ。